バックボーン

先日縁あって大手広告代理店の方に自身のバックボーンを説明する機会がありました。

年間に何度か入札などで自身の経歴を説明する事はあるのですが、コロナ禍で

色々と考えながら仕事しているなかで改めてのお話でした。

あまりここでも書いていませんが、そもそもの仕事の始まりはテキスタイルという

本当に幅の広い分野との関わりでした。

社会人二年目で回った工場はトルコ、アイルランド、スコットランド、ドイツ。

これらの国でテキスタイルマシナリー(繊維機械)をセールスするというミッションでした。

当時ヨーロッパのテキスタイル工場がトルコに集約し始めている時期で23歳の私には

とても刺激的な出張でした。

その後、3年目はオーストラリアを一人でセールスで回る様になり、シドニー~

メルボルン迄、自動車でセールスに回ったのもとても印象深いです。

英語の発音の聞き取りに大変苦労しながらも羊毛の製造工程を勉強していたのを覚えています。

 

4年目から5年目にかけてはイタリアでテキスタイルマシナリーの販売をしていました。

当時は携帯電話もカーナビもなく、事前に指定の場所の地図をファックスで送ってもらい

そこへの生き方を地図で調べて自分で車を運転しながら移動するというもので

多い日だと一日に1000㎞近く運転した様な記憶もあります。

ビエラ、フィレンツェ、プラトー、ベネトといった土地にあるメジャーな

ウールや綿の工場を沢山訪問した事が昨日の様です。

この後、活動は東南アジアへ移っていくのですが、人生のバックボーンのベースの様なものがこの時期の活動、この時期にあった人たち、この時期の経験等々がベースになっている事は間違いなさそうです。

そんなわけで広告代理店の方に「最初は何をされていたのですか?」という質問に

テキスタイルの機械を売ってましたと思わず答えていました。

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